事故の概要と被害状況
被害者情報
| 性別 | 男性 | |
| 年齢 | 30代 | |
| 職業 | 自動車ディーラー勤務の自動車整備士(一級小型自動車整備士・自動車検査員資格所持、故障診断・重整備・完成検査・若手整備士の技術指導を担当) | |
| 後遺障害等級 | 5級6号(1上肢の用を全廃したもの) | |
| 受傷部位 | 右腕神経叢損傷(C5~T1神経根の高度損傷・一部引き抜き損傷)、右上肢弛緩性麻痺、右肩・肘・手関節および手指の著しい運動障害、右上肢感覚障害、神経障害性疼痛 | |
| 事故の態様 | 名古屋市熱田区の交差点において、青信号でバイクを直進中の被害者に、赤信号を無視して交差道路から進入した加害車両が側面衝突し、被害者が右肩から路面に強く落下 | |
賠償金額の比較
| 項目 | 受任前 | 受任後 |
| 保険会社からの提示・裁判 | 2,700万円 | ― |
| 休業損害 | 420万円 | 1,050万円 |
| 入通院慰謝料 | 180万円 | 360万円 |
| 逸失利益 | 1,100万円 | 4,600万円 |
| 後遺障害慰謝料 | 550万円 | 1,400万円 |
| 医療費等を含む賠償総額 | 2,700万円 | 7,800万円 |
交通事故の状況
名古屋市熱田区の信号交差点において、青信号に従ってバイクで直進していた被害者に、赤信号を無視して交差道路から進入した加害車両が側面から衝突しました。被害者に過失はなく、過失割合は0:100です。被害者は衝突の反動でバイクから投げ出され、右肩を路面に強く打ち付けたまま頚部と肩が反対方向に引き離される大きな牽引力を受けました。救急搬送直後から右腕を自力でほとんど動かすことができず、右肩から手指にかけて広範囲の感覚低下と焼けるような痛みが出現しました。
頚椎MRIでは脊髄自体に重大な損傷は認められなかったものの、腕神経叢MRI・CTミエログラフィーで複数神経根周囲の偽髄膜瘤と神経根損傷を疑う所見が確認され、針筋電図・神経伝導検査では右上肢の主要筋に高度の脱神経所見が認められました。受傷後、腕神経叢を専門とする手外科で神経移行術と腱移行術が行われ、その後約1年4か月にわたり作業療法・電気刺激療法・筋力訓練を継続しましたが、肩・肘・手関節・手指の実用的な自動運動は回復せず、右上肢を日常動作に使用することがほぼできない状態で症状固定となりました。
相談内容
事故から約1年7か月が経過し、症状固定となった時点で保険会社から示談提示がありました。被害者は自動車ディーラーの整備工場で中核を担う自動車整備士として、エンジン・トランスミッションの脱着、足回り整備、故障診断機を用いた点検、トルクレンチやインパクトレンチを用いる締結作業、車検の完成検査、後輩整備士への実技指導などに従事していました。整備業務は左右の上肢を同時に使い、重量部品を支持しながら工具を精密に操作することが前提であり、片腕だけで安全に代替できる仕事ではありません。
事故後は右上肢で工具を保持することも、部品を支えることもできず、整備ピットでの実作業から完全に離脱し、サービスフロントでの受付・見積説明を中心とする業務へ配置転換されました。残業手当・技能手当・検査員手当が減少し、事故前と比較して年収は約40%低下しました。また、右上肢の灼熱痛は気温低下や疲労で増悪し、夜間の睡眠にも影響していました。保険会社は『左手を使えば事務仕事は可能である』ことを理由に逸失利益を限定し、右上肢が事実上使用不能であることと、整備士としての職業喪失を十分に評価していなかったため、弁護士に相談されました。
成果の概要
まず、腕神経叢損傷の治療経験が豊富な手外科専門医の協力を得て、事故直後から症状固定までの神経学的所見を整理しました。腕神経叢MRIとCTミエログラフィーにより神経根損傷の部位を確認し、針筋電図で三角筋・上腕二頭筋・上腕三頭筋・前腕屈伸筋群・手内筋に及ぶ高度の脱神経所見を記録しました。さらに、肩・肘・手関節・手指について他動運動では一定の可動域が残る一方、自動運動では実用的な運動がほぼ不能であること、握力が測定不能に近いこと、ADL評価でも右上肢が補助手として機能していないことを詳細に記載した医師意見書を提出しました。末梢神経麻痺は損傷神経が支配する器官の機能障害により評価されることを前提に、右上肢全体の機能が失われているとして5級6号『1上肢の用を全廃したもの』の認定を受けました。
その上で、自動車整備士の実作業は両上肢による重量物支持・工具操作・締結トルク管理が不可欠であることを、工場長の陳述書、職務分掌表、作業標準書、事故前後の担当整備台数、資格手当・残業手当の推移により具体的に立証しました。事故前の整備士業務へ戻る現実的可能性がなく、配置転換後に約40%の現実収入減が生じていることを踏まえ、5級の一般的な労働能力喪失率79%を就労可能期間全体にわたり適用すべきと主張しました。
加えて、神経障害性疼痛に対する継続的なペインクリニック治療、装具の更新、片手での生活を補助する自助具の購入費用を将来費用として積算しました。右上肢全廃と整備士という職業特性を医学面・就労面の双方から立証し、訴訟上の和解により最終的に7,800万円の賠償を獲得しました。
成果のポイント
- ・腕神経叢損傷は頚椎や肩の単純X線では把握できないことが多く、腕神経叢MRI・CTミエログラフィー・針筋電図・神経伝導検査を組み合わせて、損傷部位と麻痺の範囲を客観的に記録することが適正な等級認定の出発点となります。
- ・腕神経叢の高度損傷では、関節そのものに拘縮がなく他動では動かせても、神経麻痺によって自動運動ができない場合があります。可動域の数値だけでなく、筋力・自動運動・握力・ADLを総合的に記録し、上肢が実用上機能しているかを立証することが重要です。
- ・自動車整備士・機械整備士・製造技能職・設備保全職など、両上肢で重量物を保持しながら工具を精密に扱う職業では、片上肢の全廃は資格や経験を有していても現場技能職の継続を直接困難にします。配置転換と技能手当等の減少を具体的な資料で示すことが逸失利益の立証に有効です。
- ・バイク事故で肩と頚部に強い牽引力が加わった事案では、事故態様、転倒方向、肩部の打撲痕、救急搬送直後からの麻痺症状を一連の経過として整理することで、腕神経叢損傷と事故との因果関係を明確にすることができます。
- ・腕神経叢損傷後の灼熱痛・電撃痛などの神経障害性疼痛は、運動麻痺とは別に生活・睡眠・就労へ大きな影響を与えます。ペインクリニックの治療記録、服薬歴、疼痛日記を残し、症状固定後の治療必要性も含めて損害を具体化することが重要です。
- ・保険会社が『反対側の手で事務作業はできる』として逸失利益を抑えようとする場合でも、事故前の職務内容、必要資格、作業工程、配置転換後の賃金差を示すことで、抽象的な就労可能性ではなく、被害者が実際に失った職業能力を基準として賠償を求めることができます。
