事故の概要と被害状況
被害者情報
| 性別 | 男性 | |
| 年齢 | 40代 | |
| 職業 | 日本料理店勤務の料理長(調理師免許・専門調理師(日本料理)・ふぐ処理師免許所持、献立開発・仕入れ・調理部門統括を担当) | |
| 後遺障害等級 | 12級相当(嗅覚脱失)、12級相当(味覚脱失) 併合11級 | |
| 受傷部位 | 後頭部打撲・前頭蓋底骨折、外傷性嗅神経損傷による嗅覚脱失、味覚脱失、頭痛、頭部挫創 | |
| 事故の態様 | 名古屋市中区の交差点において、青信号の横断歩道を歩行中の被害者に、対向から右折してきた加害車両が衝突し、被害者が後頭部から路面に転倒 | |
賠償金額の比較
| 項目 | 受任前 | 受任後 |
| 保険会社からの提示・裁判 | 900万円 | ― |
| 休業損害 | 130万円 | 290万円 |
| 入通院慰謝料 | 100万円 | 240万円 |
| 逸失利益 | 250万円 | 1,450万円 |
| 後遺障害慰謝料 | 150万円 | 420万円 |
| 医療費等を含む賠償総額 | 900万円 | 2,700万円 |
交通事故の状況
名古屋市中区の信号交差点において、青信号に従い横断歩道を歩行していた被害者に、対向車線から右折してきた加害車両が歩行者の確認を怠ったまま進入して衝突しました。被害者に過失はなく、過失割合は0:100です。被害者は跳ね飛ばされて後頭部から路面に転倒し、救急搬送先での頭部CT検査で後頭部の皮下血腫と前頭蓋底の骨折線が確認されました。
頭蓋内出血は幸い軽度で保存的治療となりましたが、意識が清明化した受傷数日後から「出汁の香りが全く分からない」「何を食べても味がしない」という症状を自覚しました。耳鼻咽喉科での精査の結果、後頭部への打撃の反動で脳が前方に揺さぶられ、前頭蓋底を貫く嗅神経の線維が断裂する外傷性嗅覚障害(対側衝撃による損傷)と診断され、約9か月間の内服治療と嗅覚刺激療法を継続しましたが、嗅覚・味覚ともに回復しないまま症状固定となりました。
相談内容
事故から約10か月が経過し、症状固定となった時点で保険会社から示談提示がありました。被害者は日本料理店の料理長として、出汁の引き加減の判定、献立の開発、仕入れ食材の鮮度の見極め、部下の調理の味の最終確認という、嗅覚・味覚そのものを用いる業務を統括していました。料理人にとって嗅覚と味覚は包丁以上の商売道具であり、香りと味が分からない料理長は味の最終責任を負うことができません。
事故後、被害者は味見による品質管理が一切不可能となり、焦げや食材の傷みにも気付けないため調理の安全管理にも支障が生じ、調理部門の統括職から外れて仕込み・盛付け担当への降格を余儀なくされ、役職手当の喪失により年収は約25%減少しました。私生活でもガス漏れや食品の腐敗に気付けない危険と、食事の楽しみの喪失という深刻な影響が続いていました。
保険会社の提示では、嗅覚・味覚の障害が「日常生活に大きな支障はない」として低く評価され、料理長という職業への影響が全く考慮されていなかったため、弁護士に相談されました。
成果の概要
まず、嗅覚・味覚外来を有する耳鼻咽喉科専門医の協力を得て、精密検査を実施しました。嗅覚については、T&Tオルファクトメトリー(基準嗅力検査)により平均嗅覚認知域値が脱失域に達していることを記録し、静脈性嗅覚検査(アリナミンテスト)でも無反応であることを確認して、嗅覚脱失として12級相当の認定を受けました。
味覚については、濾紙ディスク法により甘味・塩味・酸味・苦味の4味質すべてが最高濃度でも認知不能であることを記録し、電気味覚検査の結果と併せて味覚脱失として12級相当の認定を受け、併合11級としました。MRIによる嗅球の萎縮所見と前頭蓋底骨折の画像を器質的裏付けとして提出し、「自覚症状にすぎない」という反論を封じました。
その上で、料理長という職業は嗅覚・味覚による味の判定と品質管理そのものが職務の核心であることを、店舗オーナーの陳述書、降格通知書、事故前後の給与明細、献立開発業務の記録により詳細に立証しました。統括職からの降格と年収約25%の減少、調理師としての転職市場価値の喪失を根拠に、併合11級の通常の労働能力喪失率(20%)を上回る30%の喪失率を主張しました。
さらに、ガス漏れ・腐敗の検知不能という生活上の危険と食の楽しみの喪失を慰謝料の増額事由として主張し、訴訟を提起して最終的に約3倍の2,700万円の賠償を獲得しました。
成果のポイント
- ・外傷性の嗅覚障害は外見からは全く分からない障害ですが、T&Tオルファクトメトリーと静脈性嗅覚検査(アリナミンテスト)を組み合わせて脱失を客観的に記録することで、12級相当の認定を獲得することができます。
- ・味覚障害は「気のせい」「加齢によるもの」と否定されやすい障害ですが、濾紙ディスク法・電気味覚検査による定量記録と、頭部外傷という器質的損傷との連続性を専門医の意見書で立証することで、12級相当の認定を受け、嗅覚障害との併合により等級を繰り上げることができます。
- ・料理人・パティシエ・ソムリエ・バリスタ・食品開発者など、嗅覚・味覚そのものが業務の中核をなす職業の場合、感覚の脱失は業務の根幹を崩壊させるものであり、降格・配置転換の事実と収入減少の証拠により、通常の等級基準を上回る労働能力喪失率を認めさせることができます。
- ・後頭部を打撲した事故では、打撃部位と反対側の前頭蓋底で嗅神経が損傷される受傷メカニズムを、事故状況・頭部CT・MRIの嗅球所見と関連付けて立証することで、嗅覚脱失と事故との因果関係を確実に証明できます。
- ・嗅覚・味覚の喪失はガス漏れ・火災・食中毒に気付けないという生活上の危険と、食の楽しみの永久的な喪失を伴うものであり、これらの事情は慰謝料の増額事由として具体的に主張することができます。
- ・保険会社は感覚器の障害を「命に関わらない軽い障害」として軽視することがありますが、複数の他覚的検査と職業立証を組み合わせることで、適正な等級認定と労働能力喪失率を獲得することが可能です。
担当弁護士 石田大輔
