事故の概要と被害状況
被害者情報
| 性別 | 男性 | |
| 年齢 | 30代 | |
| 職業 | 音楽制作会社勤務のレコーディングエンジニア(ミキシング・マスタリング担当、Pro Tools認定資格・舞台機構調整技能士2級所持) | |
| 後遺障害等級 | 11級6号、12級相当(耳鳴) 併合10級 | |
| 受傷部位 | 左側頭骨骨折、左耳小骨離断(キヌタ・アブミ関節の離断)、左伝音難聴(平均純音聴力レベル75dB)、左耳の常時性耳鳴、左耳閉感 | |
| 事故の態様 | 名古屋市名東区の市道において、信号待ち停車中の被害者運転車両に、居眠り運転の加害車両が高速で追突し、被害者が左側頭部をサイドウィンドウに強打 | |
賠償金額の比較
| 項目 | 受任前 | 受任後 |
| 保険会社からの提示・裁判 | 750万円 | ― |
| 休業損害 | 90万円 | 230万円 |
| 入通院慰謝料 | 90万円 | 200万円 |
| 逸失利益 | 280万円 | 1,150万円 |
| 後遺障害慰謝料 | 180万円 | 550万円 |
| 医療費等を含む賠償総額 | 750万円 | 2,300万円 |
交通事故の状況
名古屋市名東区の市道において、赤信号で停車中の被害者運転車両に、居眠り運転のまま走行してきた加害車両が減速することなく後方から追突しました。被害者に過失はなく、過失割合は0:100です。強い衝撃により被害者の身体は左斜め前方に振られ、左側頭部を運転席サイドウィンドウに強打しました。
事故直後から左耳の聞こえにくさ・耳閉感・「キーン」という持続的な耳鳴が出現し、救急搬送先での頭部CT検査で左側頭骨の骨折が確認されました。耳鼻咽喉科での精査の結果、側頭骨ターゲットCTにより左耳小骨のキヌタ・アブミ関節の離断(音を内耳に伝える3つの小さな骨の連結が外れた状態)が確認され、純音聴力検査で左耳の平均聴力レベル75dBの伝音難聴と診断されました。
受傷から2か月後に鼓室形成術(耳小骨連鎖再建術)が施行されましたが、再建後も聴力の改善は限定的であり、約8か月間の通院加療を継続したものの、左耳の高度難聴と常時性耳鳴が残存した状態で症状固定となりました。
相談内容
事故から約10か月が経過し、症状固定となった時点で保険会社から示談提示がありました。被害者は音楽制作会社に勤務するレコーディングエンジニアとして、CD・配信音源・CM音楽のレコーディング、ミキシング(複数の音源の音量・音質・定位の調整)、マスタリング(最終音質の仕上げ)業務に従事していました。エンジニア業務では、左右の耳で音の定位(ステレオ空間内での音の位置)・周波数バランス・微細なノイズを聴き分ける両耳の正常な聴覚が業務の絶対条件です。
事故後、左耳の高度難聴によりステレオ音場の定位判断が不可能となり、ミキシング作業での左右バランスの調整に致命的な支障が生じ、常時性の耳鳴により微細なノイズの検知も困難となりました。スタジオでの長時間作業では耳鳴が増悪して集中の維持ができず、メインエンジニアからアシスタント業務・機材管理業務への配置転換を余儀なくされ、年収は約25%減少しました。さらに、耳鳴による入眠困難と中途覚醒が続き、心療内科への通院も開始していました。
保険会社の提示では、聴力障害は認めたものの耳鳴が「自覚症状にすぎない」として全く評価されず、レコーディングエンジニアという職業への影響も考慮されていなかったため、弁護士に相談されました。
成果の概要
まず、耳科手術を専門とする耳鼻咽喉科専門医の協力を得て、聴覚機能の精密評価を実施しました。日を変えて実施した3回の純音聴力検査により左耳平均聴力レベル75dBを再現性をもって記録し、語音明瞭度検査・チンパノメトリー・アブミ骨筋反射検査により伝音難聴の他覚的裏付けを揃え、11級6号「1耳の聴力が40センチメートル以上の距離では普通の話声を解することができない程度になったもの」の認定を受けました。
耳鳴については、ピッチマッチ検査・ラウドネスバランス検査により耳鳴の周波数(8kHz)と大きさを定量的に記録し、側頭骨骨折・耳小骨離断という器質的損傷に伴う難聴と耳鳴の連続性を専門医の意見書で立証することで、「難聴に伴い著しい耳鳴が常時あるもの」として12級相当の認定を受け、併合10級としました。
その上で、レコーディングエンジニアという職業は、両耳での音像定位・周波数識別能力そのものが職業能力の核心であり、片耳の高度難聴は業務の根幹を崩壊させることを、音楽制作会社の制作部長の陳述書、事故前後の担当案件一覧・クレジット記録、配置転換命令書、給与明細により詳細に立証しました。
ミキシング・マスタリング業務からの離脱と年収約25%の減少を根拠に、併合10級の通常の労働能力喪失率(27%)を上回る35%の喪失率を主張しました。さらに、耳鳴に対する音響療法(TRT療法)・補聴器型サウンドジェネレーターの将来費用と定期聴力検査費用約160万円を将来治療費として積算しました。
聴力障害・耳鳴とレコーディングエンジニアという職業特性を総合的に立証し、訴訟を提起して最終的に約3.1倍の2,300万円の賠償を獲得しました。
成果のポイント
- ・外傷性の聴力障害は、日を変えて複数回実施した純音聴力検査の再現性と、語音明瞭度検査・チンパノメトリー・アブミ骨筋反射検査等の他覚的検査を組み合わせることで、詐病の疑いを排除し、聴力レベルに応じた適正な等級認定を獲得することができます。
- ・耳鳴は「自覚症状にすぎない」として保険会社から否定されやすい障害ですが、ピッチマッチ検査・ラウドネスバランス検査による定量記録と、側頭骨骨折・耳小骨離断という器質的損傷との連続性を専門医意見書で立証することで、12級相当の認定を受け、難聴との併合により等級を繰り上げることができます。
- ・レコーディングエンジニア・音響技術者・調律師・音楽家・通信指令業務従事者など、両耳での音像定位・音質識別が業務の中核をなす職業の場合、片耳の難聴でも業務継続を直接困難にするものであり、担当案件の推移・配置転換の事実・収入減少の証拠により、通常の等級基準を上回る労働能力喪失率を認めさせることができます。
- ・追突事故による側頭部のサイドウィンドウ打撃では、衝撃による頭部の挙動を車両損傷状況・救急搬送記録・側頭骨ターゲットCTの所見と関連付けて立証することで、耳小骨離断と事故との因果関係を確実に証明できます。
- ・耳小骨離断は通常の頭部CTでは見落とされることがあり、聞こえの症状が続く場合は側頭骨ターゲットCT(高分解能CT)による精査を早期に求めることが、器質的損傷の発見と適正な等級認定の成否を分けます。
- ・耳鳴に対する音響療法(TRT療法)やサウンドジェネレーターは長期間の継続が必要であり、専門医の意見書により将来の治療費・機器費用・検査費用を積算することで、症状固定後の費用負担を適正に補償させることができます。
担当弁護士 石田大輔
