事故の概要と被害状況
被害者情報
| 性別 | 女性 | |
| 年齢 | 30代 | |
| 職業 | ネイルサロン勤務の店長ネイリスト(JNECネイリスト技能検定1級・JNAジェルネイル技能検定上級・サロン内スクール講師を兼任) | |
| 後遺障害等級 | 9級12号 | |
| 受傷部位 | 右手示指・中指の挫滅切断(いずれも近位指節間関節より中枢での切断)、断端形成術後の断端部疼痛・幻指痛、右手背の挫創瘢痕 | |
| 事故の態様 | 名古屋市中村区の交差点において、自転車で直進中の被害者が、左折してきた中型トラックに巻き込まれて転倒し、路面に接いた右手をトラックの後輪に轢過された | |
賠償金額の比較
| 項目 | 受任前 | 受任後 |
| 保険会社からの提示・裁判 | 750万円 | ― |
| 休業損害 | 80万円 | 210万円 |
| 入通院慰謝料 | 90万円 | 230万円 |
| 逸失利益 | 230万円 | 1,150万円 |
| 後遺障害慰謝料 | 180万円 | 690万円 |
| 医療費等を含む賠償総額 | 750万円 | 2,400万円 |
交通事故の状況
名古屋市中村区の信号交差点において、自転車で直進していた被害者の右側方を走行していた中型トラックが、後方の安全確認を怠ったまま左折を開始し、被害者の自転車を巻き込みました。被害者に過失はなく、過失割合は0:100です。被害者は自転車もろとも転倒し、とっさに路面についた右手をトラックの後輪に轢過されました。
救急搬送先で右手示指・中指の挫滅切断と診断され、手外科専門医により再接着手術が試みられましたが、組織の挫滅が高度で血行再建が不能と判断され、両指とも近位指節間関節より中枢での断端形成術が施行されました。術後は約7か月間、作業療法によるリハビリテーションと断端の疼痛管理を継続しましたが、示指・中指の欠損に加え、断端部を軽く触れただけで電撃痛が走る断端部疼痛と、失った指がしびれて痛む幻指痛が残存した状態で症状固定となりました。
相談内容
事故から約9か月が経過し、症状固定となった時点で保険会社から示談提示がありました。被害者はネイルサロンの店長ネイリストとして、ジェルネイル・ネイルアート・ネイルケアの施術と、サロン内スクールでの技術指導に従事し、多数の指名顧客を抱えていました。ネイル施術では、右手(利き手)の示指・中指で筆やアートブラシを操作して0.1ミリ単位の繊細なラインを描き、ニッパー・マシンを精密に制御する巧緻動作が業務の絶対条件です。
事故後、筆・ニッパー・マシンの保持と操作が不可能となり、施術業務からの完全な離脱を余儀なくされました。残存する母指・環指・小指での代替訓練も試みましたが、商品として提供できる水準の施術は再現できず、受付・在庫管理とスクールの座学補助への配置転換により、指名手当・歩合給の喪失で年収は約35%減少しました。また、接客中に顧客の視線が右手に向けられることへの強い心理的苦痛も続いていました。
保険会社の提示では、「残った指で日常生活は可能」として逸失利益が低額に抑えられ、装飾用義指の費用も否定され、ネイリストという職業への影響が全く考慮されていなかったため、弁護士に相談されました。
成果の概要
まず、手外科専門医の協力を得て、切断レベルの正確な立証を行いました。X線画像と手術記録により、示指・中指のいずれも近位指節間関節より中枢での切断であることを確認し、「1手のおや指以外の2の手指を失ったもの」として9級12号の認定を受けました。
断端部疼痛・幻指痛については、疼痛日記とペインクリニックでの治療記録(薬物療法・神経ブロック)を整理し、断端神経腫の存在を超音波検査で記録して、慰謝料の増額事由として主張しました。
その上で、ネイリストという職業は利き手の示指・中指による筆・マシンの精密操作そのものが商品価値であり、2指の欠損が施術業務の根幹を崩壊させることを、施術工程を分解した意見書、サロンオーナーの陳述書、事故前後の指名顧客数・歩合給明細の推移、配置転換命令書により詳細に立証しました。施術業務からの完全離脱と年収約35%の減少、ネイリスト資格を活かした転職可能性の喪失を根拠に、9級の通常の労働能力喪失率(35%)を上回る45%の喪失率を主張しました。
さらに、接客業務に不可欠な装飾用義指について、耐用年数ごとの交換を平均余命まで積算した将来費用約150万円を損害として計上しました。手指欠損とネイリストという職業特性を総合的に立証し、訴訟を提起して最終的に約3.2倍の2,400万円の賠償を獲得しました。
成果のポイント
- ・手指の欠損障害は、切断レベルが近位指節間関節より中枢か末梢かで「指を失ったもの」(欠損障害)と「指の用を廃したもの」(機能障害)に分かれ等級が変わるため、X線画像と手術記録により切断レベルを正確に立証することが適正な等級認定の出発点となります。
- ・断端部疼痛・幻指痛は外部から見えない症状ですが、疼痛日記・ペインクリニックの治療記録・超音波検査による断端神経腫の記録を揃えることで、実在する医学的病態として慰謝料の増額事由に反映させることができます。
- ・ネイリスト・美容師・彫金師・歯科技工士・調理人など、利き手の手指による精密動作が業務の中核をなす職業の場合、一部の指の欠損でも業務継続を直接困難にするものであり、指名顧客・歩合給の推移と配置転換の証拠により、通常の等級基準を上回る労働能力喪失率を認めさせることができます。
- ・トラックの左折巻き込み事故では、転倒時に路面についた手が後輪に轢過される受傷メカニズムを、事故状況・車両の走行軌跡・救急搬送記録・X線所見と関連付けて立証することで、手指切断と事故との因果関係を確実に証明できます。
- ・装飾用義指は接客・対人業務に従事する被害者にとって就労上の必需品であり、耐用年数を踏まえた生涯の交換費用を専門業者の見積りと医師の意見書により積算することで、将来費用として適正に補償させることができます。
- ・保険会社は手指の欠損を「残りの指で生活できる」として軽視することがありますが、職業上要求される巧緻動作の水準を具体的に立証することで、日常生活能力と職業能力の違いを明確にし、適正な賠償を獲得することが可能です。
担当弁護士 石田大輔
