交通事故による脊髄損傷:被害者が知るべき後遺障害認定と賠償請求の全知識

監修:弁護士 石田 大輔
所属:愛知県弁護士会
2025.8.13
交通事故による脊髄損傷は、被害者の人生を一変させる最も深刻な外傷の一つです。高速道路での追突事故、交差点での出合い頭衝突、バイク事故など、様々な交通事故の場面で脊髄損傷が発生し、多くの被害者が重篤な後遺障害に苦しんでいます。脊髄損傷による後遺障害は、四肢麻痺や対麻痺といった運動機能の完全な喪失から、排尿・排便機能の障害まで、被害者の日常生活のあらゆる側面に深刻な影響を及ぼします。
交通事故の被害者にとって最も重要なことは、適切な後遺障害等級の認定を受け、将来にわたる生活を支えるために十分な損害賠償を確保することです。しかし、脊髄損傷の複雑な病態や認定基準について、被害者やその家族が十分な知識を持つことは容易ではありません。保険会社は往々にして低い等級での示談を提案してきますが、適切な知識と準備があれば、妥当な補償を獲得することが可能です。
本稿では、交通事故による脊髄損傷の被害者とそのご家族が知っておくべき医学的知識、後遺障害認定の実務、損害賠償請求の要点について、実際の解決事例を交えながら詳しく解説いたします。一人でも多くの被害者が適切な補償を受け、新しい人生への歩みを始められるよう、実用的な情報をお伝えします。
Contents
交通事故による脊髄損傷の実態
交通事故による脊髄損傷は、その発生メカニズムと受傷部位によって特徴的な後遺障害のパターンを示します。被害者とご家族にとって重要なのは、どのような状況でどの程度の障害が生じるのかを正しく理解することです。
交通事故での発生メカニズム
正面衝突・追突事故
頸部の過伸展・過屈曲により頸髄損傷が発生しやすく、四肢麻痺の原因となることが多い状況です。特に高速道路での追突事故では、シートベルトで体幹は固定されているものの、頭部が大きく前後に振られることで重篤な頸髄損傷を生じることがあります。
側面衝突事故
車体の横方向からの強い衝撃により、胸腰椎レベルでの脊髄損傷が発生しやすくなります。この場合、下肢の麻痺(対麻痺)が主な後遺障害となることが多いです。
横転事故
車両の横転により、多発外傷とともに脊椎の圧迫骨折や脱臼骨折が生じ、様々なレベルでの脊髄損傷が発生する可能性があります。
バイク・自転車事故
身体が投げ出されることで、頭部から地面に衝突したり、首や背中を強打することにより脊髄損傷が発生します。保護具が限られているため、重篤な損傷となることが多いのが特徴です。
私が担当した事例では、高速道路でトラックに追突された乗用車の運転手が第5頸髄完全損傷となり、四肢麻痺の状態で1級1号の認定を受けたケースがあります。事故当時、被害者は35歳の会社員でしたが、適切な賠償請求により、将来の生活に必要な約3億円の損害賠償を獲得することができました。
損傷部位と具体的な症状
脊髄損傷の症状は、損傷を受けた脊髄のレベルによって決まります。交通事故被害者が理解しておくべき主な症状は以下の通りです:
第1-3頸髄損傷(C1-C3)
- ・四肢完全麻痺
- ・呼吸筋麻痺により人工呼吸器が必要
- ・全ての日常生活動作に全介助が必要
- ・後遺障害等級:1級1号
第4-5頸髄損傷(C4-C5)
- ・四肢麻痺(上肢の一部機能は残存)
- ・自力での呼吸は可能
- ・食事、更衣、入浴に全介助または部分介助が必要
- ・電動車椅子での移動が可能
- ・後遺障害等級:1級1号または2級1号
第6-8頸髄損傷(C6-C8)
- ・四肢麻痺(手指機能の一部は残存)
- ・車椅子での移動が可能
- ・一部の日常生活動作が自立可能
- ・後遺障害等級:2級1号または3級3号
第12胸髄以下の損傷(T12以下)
- ・両下肢麻痺(対麻痺)
- ・上肢機能は正常
- ・車椅子生活だが上半身の活動は自立
- ・就労復帰の可能性あり
- ・後遺障害等級:3級3号または5級2号
実際の事例として、交差点で右折車に衝突されたバイクの運転手(28歳男性)が第12胸髄完全損傷となり、両下肢完全麻痺の状態で3級3号の認定を受けました。IT関係の技術者であったため、車椅子での復職が可能であり、職業復帰を前提とした損害賠償を請求し、約8,000万円の賠償金を獲得しています。
完全損傷と不全損傷の違い
交通事故被害者にとって重要なのは、「完全損傷」と「不全損傷」の違いを理解することです。
完全損傷
- ・損傷部位以下の運動・感覚機能が完全に失われた状態
- ・将来的な機能回復は期待できない
- ・より高い等級の後遺障害認定が受けられる
- ・労働能力喪失率100%が認められることが多い
不全損傷
- ・損傷部位以下に何らかの機能が残存している状態
- ・リハビリテーションにより機能改善の可能性がある
- ・残存機能に応じた等級認定となる
- ・個別の機能評価が重要
私の経験では、事故直後は完全損傷と診断されていても、詳細な検査により不全損傷であることが判明し、積極的なリハビリテーションにより機能改善が得られたケースもあります。正確な診断と適切な治療を受けることが、後遺障害等級の認定においても重要な要素となります。
交通事故直後から症状固定までの対応
交通事故による脊髄損傷では、事故直後から症状固定まで の期間における適切な対応が、後の後遺障害認定や損害賠償請求に大きく影響します。
救急搬送と急性期治療
救急搬送時の注意点
交通事故現場では、脊髄損傷の可能性を考慮した適切な搬送が重要です。
頸椎カラーやバックボードを使用した固定搬送により、二次的な脊髄損傷を防ぐことができます。
急性期治療の重要性
受傷後72時間以内の急性期治療は、最終的な後遺障害の程度を左右する重要な期間です。
以下の治療が行われます:
- ・ステロイド大量療法による神経保護
- ・脊椎固定術による安定化
- ・呼吸管理、循環管理
- ・褥瘡予防、血栓予防
私が担当した事例では、事故直後に適切な急性期治療を受けた患者と、初期治療が不十分だった患者で、最終的な後遺障害の程度に明らかな差が見られました。救急病院の選択と初期治療の質は、被害者の将来を決定する重要な要素です。
リハビリテーション期間の重要性
脊髄損傷のリハビリテーションは、機能回復と社会復帰の両面で極めて重要です。
理学療法の効果
- ・関節可動域の維持・改善
- ・筋力増強(残存機能の最大化)
- ・起立・移乗動作の獲得
- ・車椅子操作の習得
作業療法の効果
- ・日常生活動作の自立支援
- ・職業復帰に向けた訓練
- ・自助具・福祉用具の選定
- ・住環境整備の提案
心理的サポート
脊髄損傷による後遺障害は、身体機能だけでなく精神面にも大きな影響を与えます。臨床心理士や精神科医による継続的なサポートが必要です。
実際の事例として、第6頸髄不全損傷の患者(42歳女性)が、6カ月間の集中的なリハビリテーションにより、当初は全介助が必要だった日常生活動作の多くを自立できるようになり、2級1号から3級3号への等級変更が認められたケースがあります。
医療記録の重要性
後遺障害認定においては、事故直後から症状固定まで の医療記録が極めて重要な証拠となります。
保存すべき医療記録
- ・救急外来での診療記録
- ・入院中の経過記録
- ・手術記録
- ・画像検査結果(CT、MRI、X線)
- ・リハビリテーション記録
- ・看護記録
医療記録の活用方法
これらの記録は、後遺障害の程度と事故との因果関係を証明する重要な証拠となります。医師に後遺障害診断書を作成してもらう際には、これらの記録を参考に、被害者の状態を正確に記載してもらうことが重要です。
後遺障害等級認定の実務知識
交通事故による脊髄損傷の後遺障害認定では、被害者が知っておくべき重要なポイントがあります。
脊髄損傷の等級認定基準
1級1号:常に介護を要するもの
- 認定基準:高度の四肢麻痺、高度の対麻痺
- 具体例:第4頸髄以上の完全損傷
- 労働能力喪失率:100%
- 自賠責慰謝料:1,650万円
2級1号:随時介護を要するもの
- 認定基準:中等度の四肢麻痺
- 具体例:第5-6頸髄完全損傷
- 労働能力喪失率:100%
- 自賠責慰謝料:1,203万円
3級3号:終身労務に服することができないもの
- 認定基準:軽度の四肢麻痺、中等度の対麻痺
- 具体例:第7-8頸髄完全損傷、第10胸髄以上の完全損傷
- 労働能力喪失率:100%
- 自賠責慰謝料:829万円
5級2号:特に軽易な労務以外不能
- 認定基準:軽度の対麻痺、一下肢の高度麻痺
- 具体例:第12胸髄以下の完全損傷
- 労働能力喪失率:79%
- 自賠責慰謝料:599万円
7級4号:軽易な労務以外不能
- 認定基準:一下肢の中等度麻痺
- 具体例:馬尾神経損傷による軽度対麻痺
- 労働能力喪失率:56%
- 自賠責慰謝料:409万円
私が担当した事例では、当初保険会社から7級4号の提示を受けていた脊髄損傷の被害者について、詳細な医学的検査により実際の障害程度を立証し、最終的に3級3号の認定を獲得したケースがあります。適切な等級認定により、損害賠償額は約3,000万円増額されました。
認定のための必要な検査
後遺障害認定を受けるためには、以下の検査が重要です:
神経学的検査
- ・ASIA評価(運動・感覚機能の詳細評価)
- ・反射検査
- ・筋力検査(MMT:Manual Muscle Test)
画像検査
- MRI:脊髄損傷の範囲と程度の評価
- CT:脊椎骨折の評価
- 脊髄造影:必要に応じて実施
機能評価
- ・ADL評価(日常生活動作の自立度)
- ・FIM(機能的自立度評価法)
- ・膀胱機能検査(尿流動態検査)
電気生理学的検査
- ・体性感覚誘発電位(SEP)
- ・運動誘発電位(MEP)
- ・神経伝導検査
これらの検査結果を総合的に評価し、被害者の実際の機能障害の程度を医学的に証明することが重要です。
保険会社との交渉で注意すべき点
早期示談の提案を避ける
脊髄損傷では、症状固定まで に1年以上かかることが一般的です。保険会社が事故直後に提示する示談額は、将来の障害を適切に評価していない場合が多いため、安易に応じるべきではありません。
医師意見書の重要性
後遺障害診断書だけでなく、治療担当医師による詳細な医師意見書を作成してもらうことで、等級認定の精度を高めることができます。
日常生活状況報告書の活用
被害者本人や家族が作成する日常生活状況報告書により、医学的検査では表れにくい実際の生活上の支障を具体的に示すことができます。
損害賠償の具体的な算定方法
交通事故による脊髄損傷では、高額な損害賠償が認められる可能性があります。被害者が知っておくべき算定方法を具体的に説明します。
後遺障害慰謝料の相場
弁護士基準(赤い本基準)での慰謝料額
- 1級1号:2,800万円
- 2級1号:2,370万円
- 3級3号:1,990万円
- 5級2号:1,400万円
- 7級4号:1,000万円
自賠責基準と比較すると、弁護士基準では大幅に高額な慰謝料が認められます。
実際の事例では、1級1号の認定を受けた被害者について、弁護士基準により2,800万円の後遺障害慰謝料を獲得しました。
逸失利益の算定
逸失利益は、「基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数」で算定されます。
計算例:30歳会社員(年収500万円)、1級1号認定の場合
- 基礎収入:500万円
- 労働能力喪失率:100%
- 労働能力喪失期間:37年(67歳まで)
- ライプニッツ係数:19.793
逸失利益:500万円×100%×19.793=約9,900万円
高収入者の場合の注意点
年収が高い被害者の場合、逸失利益は更に高額になります。年収1,000万円の場合、上記の例では約1億9,800万円の逸失利益が認められる可能性があります。
私が担当した事例では、年収800万円の管理職(45歳男性)が第5頸髄完全損傷となり1級1号の認定を受けた案件で、約1億2,000万円の逸失利益を獲得しました。
将来介護費
脊髄損傷による後遺障害では、将来の介護費用が高額になることが特徴です。
職業付添人の場合
- 1級1号:日額8,000円×365日×余命年数
- 2級1号:日額8,000円×365日×余命年数
- 3級3号:日額8,000円×365日×余命年数
計算例:30歳被害者、1級1号認定の場合
- ・日額8,000円×365日×50年(平均余命)=約1億4,600万円
- ・ライプニッツ係数を考慮:約8,200万円
近親者付添人の場合
家族が介護を行う場合でも、同様の日額で将来介護費が認められます。
将来治療費
脊髄損傷では、生涯にわたる医療費が必要となります:
定期的な医療費
- ・年間約50万円~100万円
- ・平均余命までの期間で算定
福祉用具・医療機器
- 電動車椅子:50万円~100万円(5年毎に更新)
- 介護用ベッド:30万円~50万円(10年毎に更新)
- 吸引器、人工呼吸器等:必要に応じて
実際の事例では、1級1号認定の被害者について、将来治療費として約2,000万円が認められました。
住宅・車両改造費
住宅改造費
- バリアフリー改修:300万円~1,000万円
- エレベーター設置:200万円~400万円
- 浴室・トイレ改修:150万円~300万円
車両改造費
- 手動運転装置:50万円~150万円
- 車椅子収納装置:100万円~200万円
- 福祉車両購入:300万円~500万円
私が担当した事例では、3級3号認定の被害者について、住宅改造費800万円、車両改造費200万円が認められました。
入通院慰謝料・休業損害
入通院慰謝料
脊髄損傷では長期間の入院治療が必要となるため、入通院慰謝料も高額になります。
入院6カ月、通院6カ月の場合:約300万円~400万円
休業損害
症状固定まで の期間の収入減少分が対象となります。月収50万円、休業期間12カ月の場合:600万円
社会復帰支援制度の活用方法
脊髄損傷による後遺障害を負った交通事故被害者が利用できる社会保障制度について説明します。
身体障害者手帳の取得
取得のメリット
- ・税制優遇措置
- ・公共交通機関の割引
- ・福祉用具の助成
- ・雇用支援制度の利用
等級と対応する障害
- 1級:両上肢・両下肢の高度機能障害
- 2級:両下肢の高度機能障害
- 3級:両下肢の中等度機能障害
私が担当した被害者の多くが身体障害者手帳を取得し、様々な支援制度を活用して社会復帰を果たしています。
障害年金制度
障害基礎年金
- 1級:年額約97万円
- 2級:年額約78万円
障害厚生年金
厚生年金加入者の場合、基礎年金に上乗せして厚生年金部分も支給されます。
職業復帰支援
障害者職業センター
- ・職業評価
- ・職業準備支援
- ・ジョブコーチ制度
実際の復職事例
第12胸髄損傷による両下肢麻痺となったIT技術者(32歳男性)が、職業リハビリテーションを経て、在宅勤務制度を活用して原職復帰を果たしたケースがあります。
被害者家族へのサポート
脊髄損傷による後遺障害は、被害者本人だけでなく家族にも大きな影響を与えます。
家族の心理的負担への対応
主な心理的問題
- ・介護負担による疲労
- ・将来への不安
- ・社会的孤立感
- ・経済的不安
利用可能な支援
- ・家族会への参加
- ・カウンセリングの利用
- ・レスパイトケアの活用
- ・介護技術の習得支援
経済的支援
家族の減収に対する損害賠償
配偶者が仕事を辞めて介護に専念する場合、その減収分についても損害として請求できる可能性があります。
実際の事例では、夫が脊髄損傷となったため妻が退職して介護に専念したケースで、妻の逸失利益として約2,000万円が認められました。
法的手続きの進め方
交通事故による脊髄損傷の損害賠償請求では、適切な法的手続きが重要です。
弁護士選択のポイント
専門性の確認
- ・交通事故案件の経験
- ・医学的知識の有無
- ・脊髄損傷事案の解決実績
相談時のチェックポイント
- ・損害額の見込みを具体的に説明できるか
- ・医師との連携体制があるか
- ・過去の類似事例について説明できるか
証拠収集の重要性
収集すべき証拠
- ・事故状況の資料(現場写真、実況見分調書)
- ・医療記録の完全な写し
- ・事故前の収入資料
- ・介護の必要性を示す資料
医師との連携
後遺障害診断書の作成に際しては、医師に対して被害者の実際の状態を正確に伝え、適切な診断書を作成してもらうことが重要です。
示談交渉と裁判
示談交渉のメリット
- ・早期解決
- ・確実な賠償金の獲得
- ・心理的負担の軽減
裁判のメリット
- ・より高額な賠償金の可能性
- ・遅延損害金の付加
- ・公的な責任の明確化
私の経験では、脊髄損傷の重篤な事案では、多くの場合において裁判により示談提示額を大幅に上回る賠償金を獲得しています。
最新治療と将来の可能性
脊髄損傷の治療は日々進歩しており、将来の治療費として請求できる可能性があります。
再生医療の進展
iPS細胞治療
現在臨床試験が進行中であり、将来的に実用化された場合の治療費として数百万円から数千万円が必要になる可能性があります。
幹細胞治療
一部は既に実用化されており、治療費として請求可能な場合があります。
先進的リハビリテーション
ロボットスーツを用いた歩行訓練
HAL(Hybrid Assistive Limb)などの歩行支援ロボットを用いたリハビリテーションが保険適用となり、将来治療費として請求できます。
機能的電気刺激(FES)
筋肉に電気刺激を与えて機能改善を図る治療法も、将来治療費として考慮されます。
実際の事例では、これらの先進的治療について、将来治療費として年間200万円、20年間で約3,000万円が認められたケースがあります。
実際の解決事例紹介
私が担当した交通事故による脊髄損傷事案の具体的な解決事例をご紹介します。
事例1:高速道路追突事故による第5頸髄完全損傷
被害者情報
- 年齢:35歳男性
- 職業:会社員(年収600万円)
- 家族構成:妻、子供2人
事故状況
高速道路で渋滞中に大型トラックに追突され、第5頸髄完全損傷となり四肢麻痺の状態となりました。
後遺障害等級
1級1号(常に介護を要する)
損害賠償額
- 後遺障害慰謝料:2,800万円
- 逸失利益:約1億2,000万円
- 将来介護費:約8,000万円
- 将来治療費:約2,000万円
- 住宅改造費:800万円
- その他:1,000万円
- 合計:約2億6,600万円
ポイント
当初、保険会社からは約1億5,000万円の提示がありましたが、詳細な立証により約1億1,600万円の増額を実現しました。
事例2:交差点衝突事故による第12胸髄完全損傷
被害者情報
- 年齢:28歳男性
- 職業:SE(年収450万円)
- 家族構成:独身
事故状況
交差点で信号無視の車両に衝突され、第12胸髄完全損傷となり両下肢完全麻痺となりました。
後遺障害等級
3級3号(終身労務に服することができない)
損害賠償額
- 後遺障害慰謝料:1,990万円
- 逸失利益:約6,500万円
- 将来介護費:約3,000万円
- 将来治療費:約1,200万円
- 住宅改造費:600万円
- 車両改造費:200万円
- その他:800万円
- 合計:約1億4,290万円
ポイント
IT関係の職種であることから、車椅子での職業復帰の可能性を考慮した逸失利益の算定を行いました。
また、在宅勤務制度の活用により、実際に職業復帰を果たしています。
事例3:バイク事故による第7頸髄不全損傷
被害者情報
- 年齢:42歳女性
- 職業:看護師(年収520万円)
- 家族構成:夫、子供1人
事故状況
通勤途中にバイクで走行中、右折車両に巻き込まれ転倒し、第7頸髄不全損傷となりました。上肢の一部機能は残存していましたが、巧緻動作に支障があり、看護師としての業務継続が困難となりました。
後遺障害等級
2級1号(随時介護を要する)
損害賠償額
- 後遺障害慰謝料:2,370万円
- 逸失利益:約7,800万円
- 将来介護費:約4,500万円
- 将来治療費:約1,500万円
- 住宅改造費:700万円
- 職業転換費用:300万円
- その他:900万円
- 合計:約1億8,070万円
ポイント
不全損傷のため機能改善の可能性があったものの、看護師という専門職の特性を考慮し、高度な巧緻動作が要求される職業への復帰困難性を詳細に立証しました。
被害者が陥りやすい落とし穴と対策
交通事故による脊髄損傷の被害者が損害賠償請求で失敗しないために、注意すべきポイントをお伝えします。
よくある間違い1:早期の示談に応じてしまう
危険性
脊髄損傷の真の後遺障害の程度は、急性期治療とリハビリテーションを経た後でなければ正確に判断できません。事故直後や治療中の示談は、適切な補償を受ける機会を失うことになります。
対策
- ・症状固定の診断を受けるまでは示談に応じない
- ・保険会社の治療費打ち切り圧力に屈しない
- ・必要な治療とリハビリテーションを最後まで受ける
実際の事例では、事故から3カ月後に保険会社から1,000万円の示談提案があったケースで、症状固定後の適切な手続きにより最終的に8,000万円の賠償を獲得しました。
よくある間違い2:医師任せにしてしまう
危険性
医師は治療の専門家ですが、後遺障害認定や損害賠償請求の専門家ではありません。
後遺障害診断書の記載が不適切だと、本来受けられるべき等級認定を受けられない可能性があります。
対策
- ・後遺障害診断書の記載内容を事前に相談する
- ・被害者の実際の状態を医師に詳しく伝える
- ・必要に応じて医師意見書の作成を依頼する
- ・複数の医師の意見を求める
よくある間違い3:保険会社の説明を鵜呑みにする
危険性
保険会社は支払額を抑制する立場にあるため、被害者に有利な情報を積極的に提供することはありません。
自賠責基準での低額な提示を「適正額」として説明することがあります。
対策
- ・弁護士基準での算定額を確認する
- ・複数の法律事務所に相談する
- ・保険会社の提示額の根拠を詳しく確認する
私の経験では、保険会社提示額と最終的な解決額に2倍以上の開きがあることも珍しくありません。
よくある間違い4:将来の支出を過小評価する
危険性
脊髄損傷による後遺障害では、将来にわたり継続的な支出が必要となります。
これらの費用を適切に請求しないと、後の生活に重大な支障をきたす可能性があります。
対策
- ・将来治療費を詳細に算定する
- ・福祉用具の更新費用を含める
- ・住宅のメンテナンス費用も考慮する
- ・介護者の体調不良時の代替介護費も請求する
家族が知っておくべき支援制度
脊髄損傷の被害者を支える家族のための支援制度についても重要な情報をお伝えします。
介護休業制度の活用
制度概要
家族の介護のために最大93日間の介護休業を取得でき、その間は雇用保険から給付金が支給されます。
給付額
休業開始時賃金の67%相当額
活用のポイント
急性期の付き添いや、退院後の生活環境整備期間に有効活用できます。
介護保険制度の利用
65歳未満でも利用可能な場合
交通事故による脊髄損傷などの特定疾病の場合、40歳以上であれば介護保険サービスを利用できます。
利用可能なサービス
- ・訪問介護
- ・訪問看護
- ・デイサービス
- ・ショートステイ
- ・福祉用具レンタル
税制上の優遇措置
障害者控除
身体障害者手帳を取得することで、所得税・住民税の障害者控除を受けられます。
医療費控除
治療費、リハビリテーション費用、福祉用具購入費などが医療費控除の対象となります。
相続税の軽減
将来的に相続が発生した場合、障害者への相続税軽減措置があります。
実際の事例では、これらの制度を適切に活用することで、年間約100万円の税負担軽減を実現したケースがあります。
予防と早期対応の重要性
最後に、交通事故による脊髄損傷を防ぐ予防策と、万一の事故の際の適切な初期対応について説明します。
交通事故の予防策
安全運転の徹底
- ・適切な車間距離の確保
- ・速度制限の遵守
- ・安全確認の徹底
- ・疲労運転の回避
安全装備の活用
- ・シートベルトの正しい着用
- ・ヘッドレストの適切な調整
- ・バイク・自転車でのヘルメット着用
- ・安全性の高い車両の選択
事故直後の適切な対応
救急要請
脊髄損傷の可能性がある場合は、必ず救急車を要請し、専門的な搬送を受けることが重要です。
現場での注意点
- ・被害者を無理に動かさない
- ・首や背中の固定を心がける
- ・意識がある場合は安心させる
- ・事故状況の記録・撮影
医療機関での対応
- ・症状を詳しく医師に伝える
- ・検査結果の説明を求める
- ・治療方針について十分な説明を受ける
- ・セカンドオピニオンも検討する
まとめ:被害者の権利を守るために
交通事故による脊髄損傷は、被害者とその家族の人生を根底から変えてしまう重篤な外傷です。しかし、適切な知識と対応により、被害者の権利を最大限に保護し、新しい人生への歩みを支援することが可能です。
重要なポイントの再確認
1. 早期の示談に応じない:
症状固定まで十分な時間をかけて治療とリハビリテーションを受けることが重要です。
2. 適切な等級認定を受ける:
医学的検査を総合的に実施し、被害者の実際の機能障害を正確に評価してもらうことが必要です。
3. 将来の費用を適切に請求する:
治療費、介護費、住宅改造費など、生涯にわたる支出を漏れなく算定することが重要です。
4. 専門家のサポートを受ける:
医師、弁護士、社会福祉士など、各分野の専門家と連携して包括的な支援を受けることが必要です。
5. 社会保障制度を活用する:
身体障害者手帳、障害年金、介護保険など、利用可能な制度を最大限活用することが大切です。
被害者へのメッセージ
脊髄損傷による後遺障害は確かに重篤ですが、医学の進歩と社会の理解により、多くの被害者が新しい人生を歩んでいます。適切な補償を受けることで、経済的な不安を軽減し、必要な治療やサポートを受けながら、可能な限り充実した生活を送ることができます。
諦めることなく、被害者の権利を主張し、適切な支援を求めることが重要です。一人で悩まず、家族とともに、そして専門家のサポートを受けながら、新しい人生への歩みを始めてください。
家族へのメッセージ
被害者を支える家族の皆様にとっても、この状況は大きな試練です。しかし、家族の愛情とサポートは、被害者にとって何よりも大きな力となります。利用可能な支援制度を活用し、専門家のアドバイスを受けながら、家族全体で新しい生活に適応していくことが大切です。
交通事故による脊髄損傷の被害者とその家族が、適切な補償を受け、希望を持って新しい人生を歩んでいけるよう、私たち法律実務家も全力でサポートしてまいります。何か不明な点やご相談がございましたら、遠慮なく専門家にお声をかけください。被害者の権利を守り、より良い未来への歩みを支援することが、私たちの使命です。