硬膜下血腫の後遺障害認定:認定基準と適切な対応策

監修:弁護士 石田 大輔
所属:愛知県弁護士会
2025.5.12
硬膜下血腫は頭部外傷後に発生する重篤な病態であり、適切な治療にもかかわらず後遺障害が残存するケースが少なくありません。こうした後遺障害は患者とその家族の生活に長期的な影響を及ぼすため、適正な補償と支援の獲得が重要となります。
本稿では、硬膜下血腫による後遺障害の認定基準や申請手続き、請求可能な補償内容について解説します。
Contents
硬膜下血腫の概要と後遺障害の特徴
硬膜下血腫は、頭蓋骨の下にある硬膜とくも膜の間に血液が貯留する病態です。発症時期や進行速度により、急性・亜急性・慢性の3タイプに分類されます。急性硬膜下血腫は強い外傷により即時に発症し、亜急性は数時間から数日、慢性は数週間から数カ月かけて症状が現れます。CT画像では特徴的な三日月形の所見を呈し、この形状は硬膜外血腫の凸レンズ形と区別される重要な診断的特徴です。
硬膜下血腫による後遺障害は、主に以下の二つに分類されます:
- ■身体機能障害運動麻痺,感覚障害,平衡機能障害,言語障害など
- ■身高次脳機能障害記憶障害,注意障害,遂行機能障害,感情コントロール障害など
これらの障害は単独で生じることもあれば、複合的に出現することもあり、その程度や組み合わせにより日常生活への影響度が異なります。
後遺障害等級の認定基準
硬膜下血腫による後遺障害は、症状の重症度に応じて等級が認定されます。
主な等級の基準は以下の通りです:
- ■1級1号四肢の機能を全く失い、常に介護を要する状態。意識障害が重度で寝たきり状態にあることが多いです。
- ■1級2号精神神経系統の機能に著しい障害があり、常に介護を要する状態。重度の高次脳機能障害により日常生活全般に介助が必要な場合です。
- ■2級日常生活に著しい制限を受ける状態。歩行や食事に困難があり、部分的な介助が必要な場合が該当します。
- ■3級労働が著しく制限される状態。身の回りのことはある程度自立しているものの、就労能力に顕著な障害がある場合です。
これより下位の等級については、身体機能障害や高次脳機能障害の程度により、日常生活や就労への影響度から判断されます。また、てんかん発作が後遺症として残存する場合は、その頻度と重症度により5級から9級での認定が検討されることになります。
認定申請に必要な医学的所見と診断書
後遺障害認定の申請においては、詳細な医学的所見を含む診断書が不可欠です。
効果的な申請のためには、以下の内容を明記する必要があります:
神経学的所見
- ・意識障害の評価(JCSやGCSスコア)
- ・運動機能障害の詳細(麻痺の部位と程度)
- ・感覚障害の状況
- ・反射異常の有無
- ・平衡機能障害の評価
高次脳機能検査結果
- ・全般的知能検査(WAISⅣなど)
- ・記憶力検査(WMSRなど)
- ・注意力検査(CAT,TMTなど)
- ・遂行機能検査(BADS,WCSTなど)
- ・日常生活能力評価(FIM)
画像診断所見
- ・CT・MRI所見における血腫の部位と大きさ(三日月形の特徴的所見)
- ・脳実質損傷の有無と範囲
- ・経時的変化の記録
- ・二次的合併症の有無
特に慢性硬膜下血腫の場合、軽微な外傷から時間を経て発症することが多いため、事故と症状の因果関係を証明する記録が重要となります。受傷から発症までの経過、初診時の医療記録、画像所見の変化などを詳細に記載することが求められます。
損害賠償請求の範囲と算定方法
硬膜下血腫による後遺障害に関する損害賠償は、以下の項目が対象となります:
後遺障害慰謝料
等級に応じた基準額が設定されており、自賠責基準では以下が目安となります:
- ・1級:約2,800万円
- ・2級:約2,400万円
- ・3級:約1,900万円
ただし、弁護士基準を適用した場合は、より高額となる可能性があります。私の経験では、適切な専門家のサポートにより、基準額を上回る補償を得られるケースも少なくありません。
逸失利益
後遺障害等級により労働能力喪失率が決定されます:
- ・1級:100%
- ・2級:90%
- ・3級:70%
この喪失率に基づき、被害者の基礎収入と就労可能年数から将来の収入減少分が算定されます。若年者の場合、長期の就労期間を考慮するため、高額になる傾向があります。最近担当したケースでは、30代の会社員の方が硬膜下血腫により3級の後遺障害認定を受け、逸失利益だけで約8,000万円の補償を獲得しました。
将来の介護費用
要介護状態の程度によって算定されます:
- ・常時介護:1日あたり約16,000円
- ・随時介護:1日あたり約8,000円
これらを平均余命までの期間で計算します。硬膜下血腫による重度の後遺障害では、長期の介護が必要となるケースが多いため、将来の介護費用は高額になることが一般的です。
将来の医療費
- ・継続的な治療費
- ・リハビリテーション費用
- ・医療機器・補助具の費用
- ・てんかん発作の管理に必要な薬剤費用
これらは具体的な医療の必要性に応じて個別に算定されます。
社会保障制度の活用方法
硬膜下血腫の後遺障害認定を受けた場合、以下の社会保障制度を活用することができます:
障害年金
- ・障害等級1級・2級:障害基礎年金
- ・被用者保険加入者:障害厚生年金
ただし、初診日の年金加入状況により受給要件が異なるため、事前確認が重要です。特に国民年金の未納期間がある場合は、特例措置の適用可能性も含めて検討する必要があります。
介護保険サービス
40歳以上の場合、特定疾病として介護保険サービスが利用可能です:
- ・訪問介護・訪問看護
- ・通所リハビリテーション
- ・福祉用具の貸与・購入
- ・住宅改修費の支給
特に高齢者の慢性硬膜下血腫では、認知症様症状との鑑別が重要であり、適切な介護サービスの選択が生活の質の維持に直結します。
障害者福祉サービス
障害者手帳の取得により、以下のサービスが利用可能です:
- ・自立支援医療
- ・補装具費支給
- ・地域生活支援事業
- ・各種手当や助成制度
これらのサービスは地域によって内容や条件が異なる場合があるため、居住地の福祉窓口での確認が必要です。
弁護士相談と専門家支援の重要性
硬膜下血腫の後遺障害案件では、その医学的複雑性と補償の重要性から、弁護士への相談が強く推奨されます。
特に以下の場面での専門家支援が重要です:
- ・後遺障害等級の認定申請時
- ・損害賠償額の算定時
- ・社会保障制度の利用検討時
- ・保険会社との交渉時
弁護士による支援のメリットとしては、適切な後遺障害等級の獲得、最適な損害賠償額の算定、各種制度の効果的な活用、示談交渉での優位性確保などが挙げられます。
特に慢性硬膜下血腫では、軽微な外傷から時間を経て症状が発現することが多く、事故と症状の因果関係の証明が難しい場合があります。このような場合、医学的知見と法的知識を併せ持つ専門家のサポートが不可欠です。
また、重度の後遺障害により判断能力が著しく低下している場合には、成年後見制度の活用も検討する必要があります。成年後見人による財産管理・身上保護の支援や、各種手続きの代行により、患者の権利を適切に保護することができます。
今後の生活支援体制の構築
硬膜下血腫による後遺障害認定後は、包括的な生活支援体制の構築が必要です:
医療・リハビリテーション体制
- ・定期的な通院計画
- ・個別化されたリハビリテーションプログラム
- ・てんかん発作など合併症の予防と管理
- ・薬物療法の継続と調整
急性・亜急性・慢性の各タイプによって後遺症の性質が異なるため、それぞれに適したリハビリテーション計画が必要となります。私が支援した患者さんの中には、集中的なリハビリにより、当初の予想を超える機能回復を実現した方もいらっしゃいます。
介護・生活支援体制
- ・介護者の確保と支援
- ・バリアフリー環境など住環境の整備
- ・適切な福祉用具の選定
- ・地域支援サービスの利用
特に高齢者の慢性硬膜下血腫の場合、認知症様症状を呈することが多いため、適切な介護環境の整備と家族の理解が重要です。
就労・社会参加支援
- ・職業リハビリテーション
- ・障害者雇用制度の活用
- ・社会活動への参加機会の確保
- ・生きがい支援
高次脳機能障害が残存する場合、職場での理解と配慮が必要となるため、就労支援専門家の介入が有効です。最近では、リモートワークなど多様な働き方の広がりにより、復職の選択肢も増えつつあります。
まとめ:効果的な支援獲得のために
硬膜下血腫による後遺障害の認定においては、医学的所見の的確な評価と適切な補償請求が重要です。特に、高次脳機能障害のような目に見えにくい症状についても、適切な検査と評価により、その実態を客観的に示すことが必要となります。
急性・亜急性・慢性の各タイプによって発症機序や後遺症の性質が異なるため、そのタイプに応じた医学的評価と補償請求の戦略が求められます。特に慢性硬膜下血腫では、軽微な外傷から時間を経て発症することが多く、因果関係の証明に重点を置いた対応が必要です。
効果的な支援獲得のためには、医療・福祉の専門職と法律の専門家との緊密な連携が不可欠です。これにより、患者の状態に応じた最適な支援体制を構築し、より良い生活環境を整えることが可能となります。
後遺障害認定は、補償を受けるための出発点であり、その後の継続的なサポート体制の確立が、患者とその家族の生活の質を大きく左右することを忘れてはなりません。適切な支援を受けることで、硬膜下血腫後の生活再建への道が開かれるのです。