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事故と被害の概要
被害者情報
性別 | 男性 | |
年齢 | 20代 | |
職業 | 会社員 | |
後遺障害等級 | 10級10号(上肢の3大関節中1関節の機能に著しい障害を残すもの) | |
受傷部位 | 左尺骨茎状突起骨折、左豆状骨骨折 | |
自覚症状 | 運転時等に左手関節痛、手首の可動域制限 |
事故状況
発生場所 | 名古屋市南区の交差点 | |
事故形態 | 赤信号で停車中の被害車両に加害車両が追突 | |
過失割合 | 加害者100%:被害者0%(完全停車中の被害者に過失なし) |
賠償金額の比較
補償項目 | 当初提示額 | 解決後獲得額 | 増額分 |
休業損害 | 0円 | 8万円 | +8万円 |
入通院慰謝料 | 40万円 | 84万円 | +44万円 |
逸失利益 | 0円 | 1,340万円 | +1,340万円 |
後遺障害慰謝料 | 0円 | 360万円 | +360万円 |
医療費等を含む賠償総額 | 40万円 | 1,700万円 | +1,660万円 |
手首の骨折について
尺骨茎状突起とは、手首の小指側にある尺骨の先端部分で、手首の安定性に重要な役割を果たします。豆状骨は手のひら側の手首付近にある小さな豆のような形の骨です。これらの骨折により、手首の回転運動(回内・回外)や屈伸運動に制限が生じ、力を入れた際の疼痛や握力低下などの症状が残ることがあります。
当初の状況と問題点
被害者の初期対応と保険会社の提示
事故発生後、被害者は整形外科で約3ヶ月間の通院治療を受けました。骨折部位は一応癒合したものの、手首に動かしづらさと痛みが残存していました。症状固定時、主治医からは「骨はくっついたので大丈夫です」と説明があり、後遺障害について特に言及はありませんでした。
被害者は自身で保険会社と示談交渉を進めていましたが、保険会社からは以下のような対応がありました:
- ・入通院慰謝料として40万円の提示のみ
- ・後遺障害の可能性について一切触れず
- ・逸失利益などその他の損害について説明なし
- ・早期の示談締結を勧める姿勢
被害者は「骨がつながったので治った」という医師の言葉を信じ、残っている痛みや不便さは「我慢するしかない」と考えていました。しかし、仕事のパソコン操作や車の運転時に痛みがあり、趣味のテニスもできなくなったことから、「このまま示談していいのか」という疑問を抱き、当事務所に相談に至りました。
弁護士による問題発見と対応戦略
初回相談時の症状確認と問題点の特定
相談時(事故から約4ヶ月後)、弁護士は以下の点に注目しました:
1. 残存症状の具体的な聞き取り
- ・手首を回す動作(回内・回外)で痛みと制限がある
- ・手首を曲げる・反らす動きに制限がある(健側と比較して約30%の可動域制限)
- ・重いものを持つと痛みが生じる(握力低下)
- ・長時間のパソコン作業で痛みが増強する
2. 医学的観点からの評価
- ・尺骨茎状突起と豆状骨の骨折は、正常に癒合しても可動域制限が残る可能性が高い
- ・症状固定から3ヶ月以上経過しても改善がない場合、永続的な機能障害の可能性が高い
- ・10級10号「上肢の3大関節中1関節の機能に著しい障害を残すもの」に該当する可能性
3. 保険会社対応の問題点
- ・後遺障害の可能性を被害者に説明していない
- ・示談金額が実際の損害額と比較して著しく低額
具体的な対応戦略
弁護士は以下の戦略を立てて依頼者に説明しました:
1. 後遺障害認定の取得
- ・専門性の高い整形外科医への転院
- ・詳細な症状記録と可動域測定の実施
- ・正確な後遺障害診断書の作成支援
- ・自賠責保険への後遺障害認定申請
2. 損害額の適切な算定
- ・20代会社員の将来収入に基づく逸失利益の計算
- ・弁護士基準(赤い本)に基づく慰謝料の算定
- ・休業損害や将来の治療費などの追加損害の検討
3. 保険会社との交渉戦略
- ・示談交渉の一時中断と後遺障害認定の待機
- ・後遺障害認定後の総合的な賠償請求
- ・適切な根拠資料の準備と法的主張の整理
後遺障害10級10号について
10級10号は「上肢の3大関節中1関節の機能に著しい障害を残すもの」と定義されます。上肢の3大関節とは肩関節、肘関節、手関節(手首)を指します。「著しい障害」とは、関節の可動域が健側と比較して概ね30%以上制限されている状態をいいます。この等級では労働能力喪失率は27%と評価され、若年層の場合は長期間の逸失利益が認められます。
後遺障害認定取得と賠償金増額のプロセス
後遺障害認定の取得プロセス
弁護士のアドバイスに基づき、以下の手順で後遺障害認定を取得しました:
1. 専門医への転院(事故から5ヶ月後)
- ・手関節専門の整形外科医を紹介
- ・現在の症状と日常生活への影響を詳細に説明
- ・X線検査とMRI検査による骨折後の状態確認
2. 客観的な症状の記録(事故から5〜6ヶ月後)
- ・手関節の可動域測定(ゴニオメーターによる角度測定)
- ・握力測定(健側と比較して約40%の低下)
- ・日常生活動作の評価(ADL評価表の作成)
- ・痛みの強さと頻度の記録(痛みの日記)
3. 後遺障害診断書の作成(事故から7ヶ月後)
- ・弁護士による診断書作成のポイント指導
- ・医師と相談しながら詳細な診断書を作成
- ・可動域制限の客観的数値の明記
- ・日常生活・職業上の具体的な支障の記載
4. 自賠責保険への申請と審査(事故から8ヶ月後)
- ・後遺障害診断書と関連資料の提出
- ・必要に応じた追加資料の提供
- ・損害保険料率算出機構での審査(約2ヶ月間)
5. 後遺障害等級の認定(事故から10ヶ月後)
- ・10級10号の認定取得
- ・自賠責保険からの後遺障害保険金支払い
具体的な弁護士のアドバイス内容
弁護士は後遺障害認定取得のために、以下の具体的なアドバイスを提供しました:
1. 医師への症状説明の仕方
- ・痛みやしびれの部位を具体的に指し示す
- ・痛みの程度を数値(10段階)で表現する
- ・日常生活での具体的な支障事例を挙げる
- ・症状の変化や悪化する条件を詳しく説明する
2. 日常生活の記録方法
- ・毎日の痛みや不便さを日記形式で記録
- ・仕事やプライベートでできなくなったことをリスト化
- ・痛みが強い日の活動内容や天候を記録
- ・スマートフォンで動作制限の様子を動画撮影
3. 診断書作成時の重要ポイント
- ・可動域制限の具体的な角度を明記してもらう
- ・左右差(健側との比較)を数値で示してもらう
- ・骨折部位と現在の症状の因果関係を明確に記載してもらう
- ・永続性(将来的にも改善の見込みがない点)を記載してもらう
損害賠償額の算定と交渉過程
損害賠償額の詳細な算定
後遺障害10級10号の認定を受けたことで、以下のように損害額を算定しました:
1. 休業損害: 8万円
- ・通院中の休業期間: 8日間
- ・日額: 1万円(給与証明に基づく)
- ・計算式: 1万円 × 8日 = 8万円
2. 入通院慰謝料: 84万円
- ・実通院期間: 約5ヶ月(通院実日数42日)
- ・弁護士基準(赤い本)に基づく算定
- ・通院期間と通院頻度を考慮した増額
3. 後遺障害慰謝料: 360万円
- ・10級の後遺障害に対する弁護士基準(赤い本)による金額
- ・若年者(20代)であることを考慮した増額
- ・日常生活への具体的影響を考慮した個別事情による増額
4. 逸失利益: 1,340万円
- 基礎収入: 年400万円(給与証明に基づく)
- 労働能力喪失率: 27%(10級の標準)
- 労働能力喪失期間: 就労可能年齢67歳までの42年間
- ライプニッツ係数: 18.495(42年に対応)
- 計算式: 400万円 × 27% × 18.495 = 1,996万円
- 中間利息控除後の実際請求額: 1,340万円
5. その他の損害
- ・将来の治療費(定期的な通院・リハビリ費用)
- ・医療器具購入費(サポーター等)
- ・交通費など
弁護士基準(赤い本基準)とは
日弁連交通事故相談センターが発行する「民事交通事故訴訟・損害賠償額算定基準」(通称「赤い本」)に基づく基準です。裁判例を集積・分析して作成されており、自賠責基準や任意保険会社の基準より高額な傾向があります。裁判になった場合の賠償額に近い金額となっています。
保険会社との交渉プロセス
後遺障害認定取得後、以下のステップで保険会社と交渉を進めました:
1. 総合的な損害賠償請求書の提出(後遺障害認定から2週間後)
- ・各損害項目の詳細な算定根拠を記載
- ・弁護士基準に基づく金額提示
- ・参考判例を引用した法的主張
- ・医学的根拠資料の添付
2. 保険会社との対面協議(請求書提出から3週間後)
- ・被害者の症状と日常生活への影響を詳細に説明
- ・損害算定の法的・医学的根拠を提示
- ・若年被害者の長期的影響を強調
- ・訴訟となった場合のリスクを説明
3. 示談案の提示と検討(対面協議から2週間後)
- ・保険会社から当初提示額: 約1,500万円
- ・最終的な獲得目標額の検討
- ・訴訟リスクと早期解決のメリット比較
- ・依頼者との綿密な協議
4. 最終交渉と合意(事故から約1年後)
- ・最終的な示談金額: 1,700万円
- ・弁護士基準による理論値2,200万円の約77%
- ・早期解決と確実性を重視した判断
- ・依頼者の「長期戦は避けたい」という意向を尊重
解決結果と被害者の生活改善
賠償金獲得の意義
当初提示の40万円から1,700万円への大幅増額により、被害者には以下のような改善がもたらされました:
1. 経済的安定の確保
- ・将来の労働能力低下に対する経済的補償
- ・治療継続のための資金確保
- ・キャリアチェンジの選択肢の拡大
2. 適切な治療継続の実現
- ・専門的リハビリテーションの継続
- ・必要な医療器具の購入
- ・痛み軽減のための定期的なケア
3. 精神的負担の軽減
- ・「我慢するしかない」という諦めからの解放
- ・公正な補償を受けたという納得感
- ・将来への不安の軽減
弁護士費用特約の活用
本件では被害者が加入していた自動車保険の「弁護士費用特約」を活用したため、以下のメリットがありました:
- ・弁護士費用の自己負担ゼロ(特約から全額支払い)
- ・着手金・報酬金を気にせず、最適な法的戦略を選択可能
- ・経済的負担なく専門家の支援を受けられた安心感
弁護士費用特約とは
自動車保険や傷害保険などに付帯できる特約で、事故の被害に関する弁護士費用を補償するものです。通常、300万円程度を上限に、着手金・報酬金・手数料などの弁護士費用が補償されます。交通事故の被害者にとって、経済的負担なく専門家の支援を受けられる重要な保険です。
同様の状況にある被害者へのアドバイス
後遺障害の可能性がある場合のチェックポイント
以下のような症状が残存している場合は、後遺障害認定の可能性があります:
1. 関節の動きに関する症状
- ・曲げ伸ばしの際に痛みや引っかかり感がある
- ・健側(怪我をしていない側)と比べて動く範囲が狭い
- ・力を入れると痛みが増す
2. 日常生活での不便さ
- ・特定の姿勢や動作で痛みが出る
- ・重いものが持ちにくい、握力が低下している
- ・長時間同じ姿勢を続けると痛みが増す
- ・仕事や趣味に支障がある
3. 治療に関する状況
- ・医師から「骨はくっついた」と言われても症状が続いている
- ・骨折からある程度期間(3〜6ヶ月)経過しても改善しない
- ・リハビリを続けても症状の改善が見られない
被害者自身でできる対応
1. 症状を正確に記録する
- ・痛みの部位、程度、頻度を記録する日記をつける
- ・日常生活での具体的な支障事例をメモする
- ・可能であれば症状や動作制限を写真や動画で記録
2. 適切な医療機関を選ぶ
- ・専門性の高い医師(整形外科専門医など)に診てもらう
- ・セカンドオピニオンを積極的に活用する
- ・後遺障害診断書の作成経験が豊富な医師を探す
3. 保険会社の対応に注意する
- ・初期提案をすぐに受け入れない
- ・「治療費だけ」の補償提案には注意
- ・示談書にサインする前に専門家に相談
弁護士相談のタイミングと準備
1. 相談の適切なタイミング
- ・理想的には事故直後の早期
- ・症状固定前でも相談は可能(むしろ推奨)
- ・保険会社から示談提案があった場合は必ず相談を
2. 相談前に準備すべき資料
- ・事故証明書や実況見分調書のコピー
- ・医療機関の診断書や検査結果
- ・治療経過のメモや症状記録
- ・保険会社とのやり取りの記録
- ・加入している保険の証券(弁護士費用特約の確認)
3. 弁護士選びのポイント
- ・交通事故案件の取扱実績が豊富
- ・後遺障害認定の知識と経験がある
- ・初回相談で具体的なアドバイスをくれる
- ・弁護士費用特約の活用に詳しい
本事例から学ぶ重要な教訓
主治医の言葉を鵜呑みにしない重要性
本件では「骨はくっついたから大丈夫」という医師の言葉により、被害者が後遺障害の可能性を認識できていませんでした。骨の癒合と機能障害は別問題であり、痛みや可動域制限が残存している場合は、別の専門医の意見を求めることが重要です。
専門家の早期介入の価値
本件のように、弁護士の早期介入によって適切な後遺障害認定を受けられるケースは少なくありません。特に若年被害者の場合、後遺障害認定による逸失利益は生涯にわたって大きな影響を持つため、専門家の支援を早期に受けることが重要です。
保険会社提案の限界を知る
保険会社は必ずしも被害者の最大利益を考えて提案するわけではありません。本件では当初提示額と最終獲得額に約42倍もの差がありました。特に後遺障害の可能性がある場合、保険会社の初期提案を安易に受け入れず、専門家に相談することで適正な補償を受ける可能性が大きく高まります。
交通事故の被害は、一見軽微に見える場合でも、将来にわたって大きな影響を及ぼすことがあります。本事例のように、適切な専門家のサポートを受けることで、当初想像もしなかった適正な補償を獲得できる可能性があります。特に骨折などの外傷で症状が続く場合は、後遺障害の可能性を視野に入れ、早めに交通事故に詳しい弁護士に相談されることをお勧めします。